やまだのお部屋

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4年

今日、8月26日はやまだの命日です。

4年前の今日、9時56分に旅立ちました。

もう4年も経ったんだ・・・という気持ちです。

そして、私たちがここへ引っ越してきてからも4年が経ったということですね。

そういう数え方もなんだかいやだけど・・・。




今一度やまだのことを書いてみたいと思います。

やまだは、とある里親会から譲っていただいた子でした。
当時まだ私たちは結婚していませんでした。
私一人でそこへ行きました。
相方には秘密だったからです。
あの頃は携帯電話なんてまだ持っていませんでしたから、早く知らせたくても
その術がありませんでした。
そう思うと今はなんと便利な世の中になったものでしょうね。
と同時に、便利になりすぎて一生懸命になることを忘れてしまったかもしれません。

仔猫さんたちはたくさんいました。
8匹くらいだったと思います。
男の子は青いリボン、女の子は赤いリボン、そして黄色やピンクのリボンの子・・・
女の子の中に一際かわいいオメメの子がいました。
ピンクのリボンをしていました。
なんとも愛らしく、その子を譲ってもらえないか尋ねました。
すると、その子は少しだけお腹を壊しているので様子を見ているんです、という
ことで断念。
そしてどうしたものかと仔猫さんたちを見ていると、赤いリボンをしている中に
ものすごいお転婆な子がいました。
見物?のヒトたちも、みんなその子の人懐こさや無邪気さに圧倒されていたようでした。
元気な子が一番!と思い、その子を譲っていただけないか尋ねました。
いろいろ説明を聞き、決定しました。
それがやまだでした。
仔猫さんたちからやまだを引き上げるとき、見物しているヒトたちがみんな揃って
「あ~やっぱりあの子もらわれるんだ」という感じでした。

ご飯のこと、おトイレのこと、病院のことなど、いろいろ説明を受けました。
キャリーバッグとご飯をその場で購入し、やまだと一緒にいざわが家へ♪

当時私が住んでいたアパートは、電車で2駅、そしてバスで15分、下車して徒歩15分
くらいでしょうか。
歩く距離はそんなにありませんでしたが、地獄坂とまでは言いすぎもしれませんけど
ものすっごい急な坂道のところのてっぺんにあるアパートだったんです。
真夏は辛かったなぁ~^^

電車の中ではそんなに鳴かなかったやまだ。
バスの中ではほんのちょっとだけ鳴いたやまだ。
降りてからも少しずつ鳴いたやまだ。
そして、部屋についてキャリーバッグから出たときから無邪気にはしゃぎまわりました。
ビクビクしてどこかへ隠れるということは一時もありませんでした^^
おトイレも一度も粗相したことはありませんでした。
そう・・・旅立つ最後の2日間以外は・・・。

やまだを迎え入れて数ヵ月後に事情があってタロウが家族に加わり、そして翌年に
私たちは結婚を機に引っ越しました。



猫さんと暮らそうと決めたとき、真っ先に私は市や動物センターへ問い合わせしました。
でも、当時まだ私たちは結婚しておらず、ほぼ一緒に暮らしているとはいえ女の一人暮らしで
あることには変わりありませんでしたから、当然譲っていただくことはできませんでした。

今のようにネット環境もありませんでしたし、保護団体のことも詳しくその存在すら
知りませんでした。
当時の私はホントに何も知らないバカ飼い主だったんです。

たまたま知った里親会の場でやまだと出会うことができたんです。



初めて迎え入れた子がやまだったので、猫さんとは?ということを全て教えてくれたのが
やまだでした。
でも、やまだはホントに物分りの良いおりこうさんで、手を焼くようなことがありませんでした。
猫さんの楽しい習性を存分に持ち合わせた子でした^^
悪しき習性なんてまったく感じませんでした。
猫さんと暮らすとこういうものなんだ~という幸せの毎日でしかありませんでした。



でも、私がもっともっと早くから猫さんの病気のことを少しでも学んでいたら、
ひょっとしたらやまだはまだここに一緒にいてくれたかもしれません。
でも、それを意味するところは、ナオミやドリル、スーちゃんたちにも当然出会う
ことなどなかったということになります。



最近、ナオミを見ているとやまだの生き写しのように見えてしまいます。
昨年までは、そんなに思いませんでした。
でも、最近のナオミの横顔、目つき、そのしぐさ、それらすべてがやまだに
見えてきてしまうことがあります。



やまだは、肺転移の末に呼吸困難で最後旅立ちました。
ナオミも肺転移が確認されて、そのうちやまだと同じような道をたどるのかと思うと、
やまだが旅立ったときのことがフラッシュバックしてきます。



最後の数分前、心の中で神さまにお願いしたことがまざまざと思い出されます。
どうか神さま、やまだがもうこのまま苦しむだけなら早く・・・
その願いが聞き届けられたかように、数分後やまだは・・・。



病気の猫さんというのは・・・
病気になるということは・・・
癌というものは・・・
食欲がなくなったときは・・・
強制給餌というものは・・・
呼吸が苦しくなったときは・・・

そして旅立ったあとは・・・
お葬式は・・・

何もかも初めてのことでした。
心の準備なんてまったくできませんでしたし、やまだをなくしたことを
理解できるまでにとても時間がかかりました。
ホントに時間がかかりました・・・。

そしてボムボムのことがあり、タロウのことがあり・・・

タロウのときをもって私たちもやっと、自分たちなりのお別れの仕方や
現実の受け止め方ができるようになりました。
やまだのときとは比べようもないほどタロウのときは、とても穏やかに
受け止めることができました。
それは、その時の記事を読んでいただければ文面からもお分かりいただけると
思います。
やまだのときとはホントに違いますから・・・。

でも、そうなれたのもやまだがいたからです。
やまだという存在がなかったら、私たちはこうなれなかったでしょう。
4年が経ち、子供たちもみんなやまだの年齢をとっくに越してしまいました。

やまだは肺転移してからはあっという間に旅立ったこともあり、最後まで
大きな身体のままで旅立ちました。
6kgオーバーでした。
よくいえばですが、やまだが食欲廃絶してやせ細り、そして脱水もひどくて
毛艶がなくなりバサバサに毛割れしてきたりといった姿を見ていません。
私たちの中のやまだの最後の姿は、丸々コロンとした身体のままです。
左右からギュッと両手で縮めたような体型でした^^
コロンコロン~とよく転がっていたなぁ・・・

お空の上からひょっとしたら
「私はそんなコロコロしていなかったわよっ!」
なんて言ってそうなやまだです^^












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2 Comments

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2010/08/26 (Thu) 17:37 | REPLY |   

やまだのママ  

★鍵コメさんへ★
いつもありがとうございます^^
あ~そういうのありますよね。笑
いきなりなんだか消えちゃうって。
せっかく長文打ってもらったのに残念!
もう一度打つなんて・・・
私も絶対無理です。笑

やまだの日は滞りなく?終えました。
今年はやけに感慨深かったです。。。

2010/08/29 (Sun) 09:24 | REPLY |   

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