やまだのお部屋

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最後のお別れ

一昨日(2006.8.28)やまだと最後のお別れをしてきました。
今年引っ越してきたばかりだったので、まだお世話になったことがあるお寺さんなどがないためどこでしたらいいか迷っていたのですが、ふと2・3年前にテレビでペット専用のセレモニー会社のことが特集されていたのを思い出しました。
どうして覚えていたのかというと、やまだは生まれも育ちも川崎なんですが、その会社も多摩川に程近い川崎だったんです。
そして何より、人間と同じようにお別れをさせていただける場面を見て、とても心打たれたことがありました。
多摩川ドグウッドクラブ」さんというところです。

主人が14時近くまで仕事だったので、帰宅後15時過ぎに家を出ました。
うちから車で2時間弱といったところでしょうか。
やまだが大好きだったおやつやご飯をた~くさん小分けにして袋詰めし、主人の提案で私たちと一緒に写っている写真と、やまだが子供たちを生んだときの写真を一緒に入れました。
あと、主人の靴下です。
やまだは靴下やタオルなど小さな布物を、私たちが見えなくなると何処からともなく銜えて持ってくる習性がありました。
ですから買い物から帰ってくると、必ずといっていいほど玄関などには落ちていたりしました。
やまだは子供を生んだときに、まだ目の見えない子達を銜えて私の前によく持ってきたことがありました。
「私の赤ちゃんだよ~見て。」と言っていたのでしょうか。
それとも、猫がねずみや虫などを飼い主に見せびらかしにくるのは、自分の子供に狩りの仕方を教えているとのと同じという、あの行動だったのでしょうか。
あのときと全く同じように鳴きながら持ってくるのが布物でした。

予約していた時間17時に、ほぼピッタリに着きました。
セレモニーの内容の説明を受け、お別れの会を30分位していただきました。
形式にとらわれない、初めてのことばかりでした。
進行が進むにつれ、私も主人も嗚咽が抑えられなくなりました。
そうしてお式が終わり、最後は二人してやまだを抱きしめてお別れをしました。

火葬している間は2階の個室でゆっくり過ごせるようになっていました。
その間、主人はずっと携帯のやまだの写真を見ていました。
でも主人はあまり自分の携帯でやまだを撮影していなかったので、私のほうを渡しました。
ずっとずっと見ては泣いていました。

1時間ほどゆっくりと火葬していただき、収骨の準備ができたので呼ばれました。
分かっていた姿ですが、真っ白なお骨になった変わり果てた姿を見て、二人して涙が止まりませんでした。
震える手を押さえながら、足から順に収骨していきました。
最後の頭は主人にお願いしました。
主人は私に・・・と勧めましたが、最後の場面を看取ることができなかった主人にお願いするほうが、きっとやまだも喜んでくれると思ったんです。


そうして収骨が終わり、夜19時過ぎに帰宅することになりました。

車を発進させしばらくすると主人が、やまだをはじめてうちに迎え入れたときに住んでいたアパートを見に行く?と聞いてきました。
そして向かいました。
もう10年前のことで、当時でさえもオンボロアパートだったので残っているかなぁと思ったのですが、まだありました!
まったく変わらないまま残っていたんです。驚きました。
そして、やまだと住んだことのあるもうひとつの住まいにも行きました。
そちらも何一つ変わらず残っていました。
そうしてやまだとの思い出の場所を巡る、夜のドライブは終わりました。

帰宅して早々主人が「不謹慎かもしれないけど、お寿司でも買ってこようと思うんだけど」と言いました。
これは私もずっと考えていたことなんです。
みんなで一緒に同じものを食べて、やまだの想い出に浸ろうと。
実は主人も私も1週間位ずっと、ほとんどろくに食べていない毎日を送っていました。
それでも主人には仕事もあるので、半分無理にでも何か口に入れてもらったりしていましたが・・・。
買い物から帰ってきた主人は、お寿司の他に色々なものを買ってきてくれました。
私がずっと何も食べていないのを心配し、昼間食べられるようにとパンやいつも飲んでいるジュースを。
いつもは仕事で忙しいため何もしてあげられないことを、きっと悔やんでいるんだと思いました。
そういう優しさが今はすごくありがたかったりして涙がまた出てきました。
1週間ぶりにいただく、まともな?食事でした。
やまだの大きな写真に話しかけながら、そして小さく千切っては他のみんなに分け与え、やまだの亡き後はじめて主人とやまだの想い出話をしました。

そうして話すことができたことで、ほんのちょっぴりですが涙を抑えることができました。
あまりたくさんは食べられなかったけど、ほかのみんなは喜んでくれたのでよかったです。

その夜はなんだかみんなの様子が不思議なことがありました。
どこか宙をじーっと見つめていたり(虫などがいるわけでもないのに)、今まであまり見た事がないような視線をしていたり・・・。
主人は「みんなには何かが見えているんだよ」と言いました。
私たちには見えない何かが見えていたのかもしれません。
やまだの旦那さまのタロウは、やまだを最後に入れてあげた籠の中に入っていたりしました。

タロウはやまだが息を引き取った後に、亡骸を入れていた籠にも一緒に入っていたんです。
他のみんなは普段どおりにしていたのですが、タロウだけはやまだと一緒に籠に入って寝ていました。
やっぱり一番長く一緒に居たから寂しいんだねと思いました。
翌日もスージーがやまだの写真に向かってずーっと猫座りをしていたりしていました。
やまだの子供のすずめは、どこかやまだを探しているような素振りがあります。
こうして毎日みんなの姿を見ては癒されたり、またやまだの面影を探したりして悲しくなったり・・・・。

なんだか何もしていないと悲しくて仕方がないので、今朝は主人のお弁当を作りました。
昨晩からご飯は作り始めたんです。
私は食べなくてもいいけど、主人は仕事もあるのでそうはいきません。
仕事中だってお昼ご飯も食べられないときもあるくらいですから、いつまでも私が作らないままでは体がもたないですもんね。
何はともあれ主人は食べてくれるようになっただけでもよかったです。

こうして一日一日が過ぎていくんだろうなぁ・・・・
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