やまだのお部屋

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この10年間を振り返って


明日からは新しい(静かな)生活になります。
この日をどんなに待ちわびていたことか・・・泣

3日くらい前から毎日毎日時間の経つのが遅く感じるようになりました。
まだあと3日か・・・あと48時間もあるんだ・・・って。苦笑
今朝になったら、「あと1回寝て明日起きたらもうここで寝ることはないんだっ!」
長かったなぁ~^^
スージーにも毎日何度も「あと3回寝たら4回目からは天国だよ~^^」って
話しかけちゃってます。笑
相方は「その前に地獄の苦しみがあるかもしれない」って横やりを入れて
くるんですよ~!怒
まぁ、確かにスージーにしてみたら捕まえられちゃうわけだからそうなんですが。

先週からプラケージをリビングに出して慣れてもらおうとしています^^
完全無視されてますが。汗
1回しかできないと思いますが、ワタシが横になるとスージー左脇にゴロンと
寄り添ってくるんです^^
そのときに肩甲骨の間のお肉を筋肉ごと掴めば、動かないように捕獲
できるんです。
だから、これで一度チャレンジしてみますっ!
一度失敗したらもうできません。
そうなったら用意してある網でガバッとやるしかありません。
できればそれはしたくないんですよね・・・
相方は絶対捕まえられないので、ワタシがどうにか捕まえられれば
いいんですけどね・・・
どうか明日、短時間でできるだけストレスを少なく無事にケージの中に
入ってもらうことができますよう祈っていてください。ぺこり
時間は朝7時過ぎ~7時半くらいまでを予定しています。












ここへ住んで10年経ちました。
10年間、ホントにいろんなことがありました。
10年経てば当然10歳老いて、シミやしわもできるようになりました。苦笑
昨年から、気がついたらほうれい線とやらも気になるようになりました。

自分たちが歳を重ねれば一緒に暮らしている(いた)みんニャも
当然歳を重ね、病気になり、そしてお別れしてきました。

ここへ引っ越してくる前に住んでいた福島県南相馬市。
原発30kg圏内でした。
もし、あの大震災のときまであそこに住んでいたらどうなっていただろう。
みんニャを置いて避難することなんてできるわけもなく、どんなことがあっても
きっとみんニャと一緒にどうにかしていたことは当たり前で、だけど、そのときに
なってみないとホントはどうなっていたかなんて、分かるはずもないですよね。
警戒区域になる直前に行った福島県。
お世話になっていたKさんの消息を調べるためでもありました。
住んでいる形跡もなかった家のポストに、もしものときのために用意しておいた
お手紙を入れてきました。
数ヵ月後、見ず知らずの方からお電話をいただきました。
Kさんの親戚でした。
お手紙に連絡先を記しておいたんです。
Kさんはもう他界していらっしゃいました。
幸いといってはいけないのかもしれませんが、震災を経験する前、ワタシたちが
引っ越して間もなくのことでした。
あの引越しの日、Kさんから肝硬変で近々入院する予定だと聞き、だから
ボムボムとスージーを連れて行ってくれてホントによかった、ありがとう、と
目尻に涙を浮かべて言ってくれました。
ボムボムのことをとってもかわいがっていたんです。
ワタシたちよりも前からボムボムたちの面倒をみてくださっていて、ボムボムを
”アカ”と呼んでいました。
知り合ってからはずっと一緒にお外の子達のお世話をしてきました。
外猫さんたちの不妊手術に理解をしてくれる方なんて田舎ではホントにまれで
Kさん以外のご年配の方々はみんなどこかに捨てて来い、殺せ、川に流して来い、
なんていう考えが今でも普通にまかり通っている地域でした・・・。
Kさんからもこの辺のヒトたちはみんな裏山に捨ててくるから気をつけなさい、と
そっと教えてもらっていました。
ボムボムが1日姿を見せなかったとき、ひょっとして虐待オババがとうとうどこかに
やっちゃったのか?と怖くなり、警察、市役所、保健所全てに連絡し、幸い猫さんは
連れてこられてないと聞き、反対にもしこの辺の方からそういう持ち込みや話が
あったら絶対すぐに連絡ください、とお願いしておいたほどでした。

ワタシたちが引越することになり、まず考えたのが外の子達のことでした。
その当時ボムボムはすでに難治性口内炎を発症していて、ご飯をろくに食べる
こともできなくて通院の毎日でした。
だから、ボムボムは絶対においてはいけないと思いました。
でも、Kさんはボムボムをかわいがっているし・・・悩みました。
前述の通りKさんは理解のある方なので、ボムボムのことを話すと2つ返事で
お願い、と言ってくださったんです。
そして、ボムボムにべったりいっつも一緒にくっついていたスージー。
スージーも置いてはいけないなぁと、一緒に連れて行くことに決めました。
スージーは、おそらくボムボムの子です。
まだワタシたちが近所の猫さんたちの不妊手術に手を出していないとき、
Kさんがご飯をあげていて増えてきていたんです。
で、虐待オババの出現もあって近所中の猫さんたちを手術しました。
Kさんは何度も何度もカンパをくださったんです。
年末に網戸の掃除をするから手伝って~といわれて行き、網戸を
ただ外しただけだったのに「これ、手術代とかご飯代とかにしなさい」と
くださったり、ワタシのためにエプロンを作ってくださってポケットにまた
小さく折りたたんだお金を入れてくださっていたり、とにかくホントに
たくさんのお心遣いをいただきました。

福島では猫さんのことで悲しいことばかりでしたが、Kさんの存在が
どんなに救いだったかわかりません。
お世話になったKさんだったので、震災後の消息が心配で仕方が
ありませんでした。




引越し前日



ここへ引っ越してきたとき、ワタシは心に問題を抱えていました。
福島でのこと、そして家のこと、いろんなことで壊れていたんです。
ひとりっきりで家にいることが怖くて仕方がありませんでした。
何かじっとしているとイライラもやもや不安でいっぱいになり
すぐにお風呂に入っていました。
半身浴でしたが、1日30回以上入っていました。
おかしいですよね。苦笑
入っているとほんの少しだけイライラが治まったんですが、
出て数分もしないうちにまたすぐイライラ不安になってしまうんです。
何も手につかないし何も考えられない、とにかく怖くてイライラして
ひとりでいられなかったんです。

そんなとき、相方がやまだの胸に小さなしこりを見つけました。
それまでのワタシたちは、風邪だったり皮膚炎だったりちょっとしたことで
病気というかそういうものに触れてはきましたが、しこり、というものに
関して調べたり知ることはありませんでした。

しこり・・・腫瘍?

パソコンで調べ始めると、猫さんの胸のしこりといえば乳腺腫瘍の
ことばかりがヒットしました。
調べれば調べるほどそうだとしか思えなくなりました。

腫瘍のことを調べると、腫瘍認定医なるものが存在することを知りました。
Ⅰ種とⅡ種があり、全国にⅠ種を持っている先生は少ないのに、近所の
病院にいるっ!
飛びつくように電話しました。
電話に出た先生に症状や年齢等を話すと、確かに乳腺腫瘍の可能性は
ありますが、一度こられませんか?といわれ、次の相方のお休みに
早速行きました。

このとき、生まれて初めてやまだの叫び声を聞きました・・・。
採血やレントゲン、検査のためにお預けしたんですが、待合にいるとき
やまだの聞いたことのないような叫び声を聞き、胸が苦しくて涙が出ました。

結果は・・・やはり、乳腺腫瘍。
組織検査をしないと確定診断ではないけれど、ほぼ間違いないでしょうと。

そして、腋下リンパにまでひょっとしたら転移しているかもしれないと
聞きました。
もう、すでにリンパにまで転移している・・・

もし、今このような診断を聞いたなら、きっとワタシは手術はしなかった
と思います。
でも、当時のワタシたちは無知の極み。
先生に切除手術するのが大前提だと説明を聞けば、そうするのが
当たり前で、なんの疑問も持たずに翌週の手術を決めて帰宅しました。

帰宅してからさらにネットの情報を得ようと連日連夜寝ずに調べて
調べて調べつくしました。
調べているとき、なぜかあの病院の検査のときのやまだの叫び声が
頭から離れなかったんです。
結果的にいうと、別の病院で手術していただきました。
その病院に初めて連れて行ったとき、あんな叫び声をあげなかったんです。

気がついたら、ワタシは自分の心の問題なんて考えなくなっていました。
1日中お風呂に入っていたのもうそのようになくなり、健常なヒトのように
毎晩入ることだけで済むようになっていました。
みんな、やまだのおかげだったんです。
やまだのことがなかったらワタシはどうなっていたかわかりません。
もしかしたらまだ病院に行っていたでしょうか。

でも、ワタシはやまだのために何もしてあげられませんでした・・・
先生に言われるまま検査し手術し入院させ、退院後の短い間しか一緒に
いることができませんでした。
もっともっとやれたことがいっぱいあったはずです。
やまだはおうちでみんニャと一緒にいたかったはずです。
自分の無知を呪い、そしてやまだに申し訳ない気持ちがずっと残りました。

ボムボムのことでまた違う病院でお世話になるようになり、あの先生との
出会いがなかったら今のワタシはいなかったと思います。
検査や化学的治療が一番大事なことではない、ということを教えてもらいました。
先生からは自分自身がまず勉強しなければならないということを強く教えて
もらいました。
その病気のことを知らなければ何も質問もできないし、わからない点が
わからないままではいけない、と。
猫さんの身体もことを知り、自分が大きくなることでみんニャを守ることが
できる、守る術を手に入れることができる、と教えてもらいました。
ボムボムのときにはホントにたくさんのことを教えてもらいました。
ボムボムが身をもってワタシにたくさんのことを残していってくれました。

タロウは肥大型心筋症でした。
心臓の薬を飲ませることの困難から闘病が始まりました。
ワタシの顔を見て逃げるようになるタロウを初めて見て悲しくて悲しくて
仕方がありませんでした。
無理やり薬を飲ませることで心臓発作を引き起こさせてしまい、症状を
遅らせるために飲ませているはずの薬でもしものことがあったら・・・
そう思うと怖くて怖くてどうしたらいいのかわからなくなりました。
もう2度と肺水腫になって呼吸が苦しくならないよう利尿剤の処方だけ
は欠かさず、量を少しずつ加減しながら続けいくことにしました。
自然療法の効果もあって、病気とうまく折り合いをつけていくことが
できるようになっていました。
それでも、病気の進行をとめることはできませんでした。
タロウ、最後にワタシが呼ぶ声に反応してちゃんと手を握り返して
くれたんです。
そして、スゥーっと息を引き取りました。

やまだ、ボムボム、タロウ
3ニャンはワタシひとりで最後のときを過ごしました。
そして、ナオミからはずっと相方がいるときにみんニャ旅立っています。

ナオミは、プラズマ細胞種(髄外性形質細胞種)という、猫さんではとても
珍しい腫瘍を摘出手術しました。
とても珍しい腫瘍だったので、組織細胞培養も通常のものとは別に
更にもう1つしました。
でも、結果はやはり変わらずプラズマ細胞種でした。
抗がん剤も免疫療法も何も実例がないので手を出せないと言われました。
肝臓の数値が悪くなり、食べられる量がどんどん少なくなり、肝リピドーシス
のことが心配だったので食べさせなければ、と思ったのに、自然療法の
先生からはあまり無理に食べさせることはしないでといわれ、律儀にそれを
守っていたら身体の大きかったナオミは案の定肝リピドーシスになってしまい、
またここで自分を呪いました・・・。
肝臓の薬、毎日の点滴、マリアアザミやいろんな肝臓にいいサプリや
高カロリーの栄養を絶えず摂取させなければ、と一日中栄養のことばかり
考えていました。
ナオミは、とてもイイコでした。
いろんなものに手を出すワタシに、寛容にそれらを受け入れてくれました。
肝臓の数値がみるみる改善していきました。
と、思った矢先、ナオミは旅立ちました。
あの日のことをよく覚えています。
もう秋の気配が漂う時節で、前日にはもう暑くなることはないと天気予報で
聞いていました。
確かに前日はとても涼しく、肌寒いくらいでした。
それなのにナオミが旅立ったあの日の朝、猛烈な暑さがぶり返していました。
あの年の夏は酷暑でした。

これは今までここで書いたことはありません。
というか、相方にも誰にも話したことはありません。
ワタシは、実はナオミは熱中症になっていたのではないかと思ったことが
ありました。
2日前の検査であんなに肝臓の数値が改善してきていたのに、どうして
旅立ってしまったんだろう。
いや、内臓に転移していたんだろうし、肝臓へのダメージは相当なもの
だったんだろうし、熱中症なんてね・・・とも、思うんです。
でも、前日まであんなに涼しくなっていたのに、朝になって急にまた暑く
なったあの日のことを考えると、ひょっとして、と思ってしまうんです。
考えすぎかもしれません。

ドリルのこと
病院で骨肉腫の可能性が高い、と聞かされたときは、怖くて仕方が
ありませんでした。
日々様変わりする顔を見て、この先このかわいい顔がどうなって
しまうんだろうか・・・
自然療法の先生のところで波動検査をしてもらい、ひょっとしたら
違うかもしれない、骨肉腫ではなくアスペルギルス症かも?という
診断が出て、嬉しい驚きでした。
だって、治るかもしれない!ってわかったからです。
顔がどんどん腫れてきて、このまま膿でも出て顔が元通りになれば
骨肉腫ではない!そうわかって、眼と鼻から膿が出るようになって
この膿がなくなればまたかわいい顔に戻る!って嬉しくて仕方が
ありませんでした。
毎日患部を押して膿を出し、数日してすっかりキレイでかわいい
元通りの顔になったときには涙が出てきました。
その後もドリルは大きな症状ではなくても何かしらの感染症に
かかりやすい体質だということが分かり、お別れしました。

ドリルのことが大好きだったチャンちゃん。
チャンちゃんを保護したときからずっとドリルにだけべったりと甘えて
離れなかったチャンちゃん。
ドリルがいなくなってしまってから、ずっとずっと家中を鳴いて徘徊し
ドリルを探していました。
そんな姿を見るのも胸が痛くなりました。

そして、チャンちゃんが甲状腺機能亢進症になり、毎日のさじ加減が
難しい投薬や点滴の毎日がはじまりました。
食べても食べても消費が追いつかないけど、食べてくれることが
こんなに心が救われるんだなぁって実感しました。
それまでの子達はみんな食べる量が減り、食べられなくなり・・・そして
ということがほとんどでしたから。
チャンちゃんはほたてが大好きで、毎晩相方から1粒もらうのが日課
でした。
おやつもごはんもたくさん食べ、ほたてさんもたくさん食べ続け、そして
痩せていき、穏やかに過ごし、寝ている時間が長くなり、だんだん動き
づらくなりはじめ、そっと息を引き取りました。
これが老衰なのかなって思えるような、ホントに穏やかな最期でした。
ドリルがいなくなって1年余り、よくひとりで頑張りました。
ドリルと一緒にいられることが、チャンちゃんにとっての最大の
幸せだったと思います。
今は一緒にまた幸せなときを取り戻しているといいなぁと願います。

最後にスーちゃんのことです。
スーちゃんはどうして乳がんになってしまったんでしょう。
最初の発情を迎える前に手術したのに、なぜなんだろう。
やっぱりやまだの遺伝子のせいなのでしょうか。

スーちゃんのことは、まず最初にひとこと。
かわいいお顔の猫さんは世の中たくさんいますけど
絶対スーちゃんかわいいっ!かわいかった・・・
ホントにかわいかった・・・

スーちゃんはやまだとタロウの忘れ形見でした。
そして、最初から最後までずーーーっとおうちで一緒に過ごして
病気と付き合い、お別れしました。

膝やお腹に乗ってきてくれる子、肩に乗ってきてくれる子、
呼べば必ずお返事をしてくれる子、横になれば必ず股の間に
入ってきてくれる子、おこたを出せば布団の上から膝に必ず
乗ってきてくれる子、腕枕をして一緒に寝てくれる子・・・
甘えてくれる子。

スーちゃんは、タロウがいた頃は100%タロウ!だったので
ワタシにもそんなに依存せずに過ごしていました。
ツンデレというか、ツンのみ、というか。苦笑
それがタロウがいなくなってからしばらくして、ワタシにとても
甘えてくれるように変化しました^^
甘えてくれる子にはやっぱり自分も感情移入しやすくなります。
まして、スーちゃんはやまだとタロウの忘れ形見でしたから。

お腹や膝の上に乗ってきたりすることはあまりなかったけど
甘えてくれるようになってからは股の間でポンポンすると
走ってきてコロンとしてくれるようになっていました^^

スーちゃんはとっても食いしん坊でした。
ヒトが何か手に持ってきてガサッと音を立てると
「ナニナニ?美味しいもの?」と、必ずチェックしにきていました。
おにぎりを食べようとしても必ずきて、中身が梅干しだと分かると
プイッといなくなってしまい、鮭だと分かると食べ終わるまでずっと
その場を離れませんでした^^
キッチンで料理をしていても何か袋を開けたりするとずっと
飛馬のお姉さん状態で(笑)、柱の影からずっと見ていました^^
中でもお肉やお魚のパッケージを取り出すとすぐにわかるみたいで
ずっと動こうとせずに、だんだん近づいてきました^^

特定のところのシュークリームに入っていた生クリームが大好きで
病気になってからは毎週スーちゃんのために買ってくるのが習慣に
なっていました。
今でもお供えに毎週買っています^^






スージーは猫さんだけど、猫さんと暮らしているという実感が
あまり沸きません。
そういう猫さんなんです。
大勢で暮らしていた頃はきっと、ストレスだったんじゃないかなぁと
思います、とても。
ひとりぼっちが向いている子っていますよね。
きっとスージーはそういう子なのかもしれません。
ひとりになって、なんだか自由な雰囲気です^^
好き勝手やり放題になったというわではありません。
なんか、雰囲気がこう・・・フリーダム!って感じです。笑





10年前ここへ引っ越してからすぐやまだが旅立ち、
相次いであっという間に7ニャンがいなくなりました。
10年は長い年月のはずですが、振り返ってみんニャとの
お別れを思い出すと、やはり短い10年間だったかもしれません。
お別れが続くことは悲しいです。
だから、多頭飼育をする場合は年齢の幅がある子たちと一緒に
暮らしたほうがいいともいいますよね。
うちは、みんニャ同じくらいだったので仕方がないのでしょうか。

10年間、みんニャとのことだけでなく、ワタシ自身も変わりました。
いや、見かけがおばさんになっただけじゃなくですよ^^笑
チクチクをたくさんするようになりました。
これからはいろんなことにチャレンジしていきたいと思っています^^

そして、引越しを決めた大きな原因でもある騒音問題。
この歳になってこんな勉強させられるとは思ってもみませんでした。
関西弁で逆ギレして怒鳴られたときは唖然として何もいえなくなりました。
早く忘れたいです、こんなこと。

10年間分もっといろんなことを書こうと数週間前から考えていました。
でも、結局はみんニャとの10年間がすべてだったんだなぁと思いました。
ワタシのすべてでした・・・なにもかもが・・・

だから、明日からは新しい自分になりたいです^^
気持ちを新たに、これからもまた応援、励まし、そして時にはお叱り?
なんかもいただけたらと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ぺこり







最後に応援ぽちっといただけると嬉しいです^^
いつもありがとうございます。





















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8 Comments

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2016/03/14 (Mon) 13:24 | REPLY |   

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2016/03/14 (Mon) 16:27 | REPLY |   

みぃ  

無事、スージーくんを新居に移動できますように!

私がやまだのママさんとお知り合いになったのは、ボムボムくんがリンパ腫の疑いをかけられたことからでしたよね、確か。
やまだちゃんの闘病をブログ上でさかのぼって読んだことでしか知りません…。
でも、お知り合いになって、結構経つんだなぁって、読んでいて私までしみじみしてしまいました。

本当に色々大変でしたね。
新生活が心安らかに楽しく過ごせる期待に満ちているようで、読んでいてほっとしました。
新居での作業も、頑張りすぎず、ほどほどにゆっくりやってくださいね(^-^)

2016/03/14 (Mon) 19:53 | EDIT | REPLY |   

みやび  

お久しぶりです。
引っ越しされるんですね・・・
静かで良い環境で穏やかに暮らせると良いですね。
本当に色々あったのですね・・・
みんなの病気のこともとても大変で辛いことでしたね。
福島でのママさんや猫さんたちがどんな目に合ってきたか思うと涙が出てきます・・・
情けないと言うか呆れると言うか、腹が立ちます。
でも、ママさんと出会えたkさんも猫さんたちも幸せだったのではないかと思います。

我が家は息子の就活と夫が単身赴任でまた飛ばされてしまい、不安とがっかりな気持ちでいます。
私も引っ越ししたいなー。

2016/03/15 (Tue) 12:23 | REPLY |   

やまだのママ  

★鍵コメさんへ★
こんにちは。

ホント昨日はお天気が良くなってくれて
よかったです^^
一昨日だったら雨の中・・・でしたもんね。
無事に終わりました。ぺこり

いやー関西弁と名古屋弁?がミックスした
ような感じはさすがに恐怖でした。苦笑
山口弁?そういのもあるんですね~
相方に津軽弁で言い返して欲しかったです。
きっと何言ってるんだか誰にもわからない
かもしれませんが。笑

2016/03/16 (Wed) 14:55 | REPLY |   

やまだのママ  

★2番目の鍵コメさんへ★
きっと以前からワタシのことを知っている
方からしてみたら、わかってるんだろうなぁと
思っていました^^

予想よりもスージーは意外と早く慣れてくれそうな
気がしています~
やっぱり怖い思いをさせてしまったので
申し訳ないなぁとも思います。
でも、もうホントにこんな思いは二度とさせないし
安眠できる環境になれるので、これからはきっと
穏やかに年を重ねていってくれると思います^^

欲しいもの?なんでしょう?
お気軽にお声かけてくださいね。
作れるのはたぶん大分後になっちゃいますが。ぺこり

仔猫ちゃんのこと・・・気になっていました。
1匹だけになっちゃったんですか・・・そうですか。
鍵コメさんのところはホントに年齢層が幅広く
なりましたよね!
長く長く猫さんとの生活がずっと続きそうですね^^

2016/03/16 (Wed) 15:01 | REPLY |   

やまだのママ  

★みぃさんへ★
その後、秋ちゃんや冬さんのことも
気になってはいたんですがスミマセン。
環境に慣れてきたかなぁ、慣れてきて
くれて穏やかな時間を過ごせていると
いいなぁと祈っています。

意外と短時間でスージーも捕まえることが
できました^^
一番心配だったことがすぐにクリアできて
引越しも気が少し楽になりながら終えました。

みぃさんも看病疲れで倒れたりしませんように。

2016/03/16 (Wed) 15:04 | REPLY |   

やまだのママ  

★みやびさんへ★
こちらこそご無沙汰しています。ぺこり

静かな時間がこんなにも大事なんだなぁって
今日もつくづく実感しています。
これからはスージーにが眠できて穏やかに
過ごすことができるよう願っています。

もう息子さんそんなお年なんですね。
つい先日お受験で~というコメントを
いただいたような感じもしちゃいます。
ご主人さまの単身赴任も長くないですか。
この春からまた別の地で?ということでしょうか。
不安な気持ちが重なっちゃいますね。
御気をあまり落とされませんように。

2016/03/16 (Wed) 15:10 | REPLY |   

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