やまだのお部屋

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コロコロと嫌いなもの


朝のスージー^^

2015.3.7のスージー①

メールチェックして下に降りたら毛玉がゲロリンパされていました。
(滑り止めマット洗濯中)
もうこの歳になると(?)誰の毛玉だかすぐにわかります。笑
スーちゃんでした。
「ワタシ知らないわよ???」てなお顔をされましたが、しっかりと
わかりますよ~
でも、すっきりしたみたいでそのあと焼かつおをバクバク♪
今はスヤスヤ・・・
ちなみに、チャンちゃんも大好きな焼かつおの毛玉配慮シリーズ。
これが一番好きみたいです^^




焼かつおをあげるとき、開封前に袋の上からよ~くモミモミします。
繊維をほぐすようにモミモミモミ・・・
その後レンヂで5秒くらいチン!
ホカホカですぐにほぐれて食べやすくなります^^








お昼ごはんはおにぎりを食べることが多い我が家^^
今朝は少し早めにブランチしちゃいました♪
ピロリ菌を除菌してからすぐにお腹が空くようになってしまい、
困っている今日この頃。。。笑
その割にはすぐにお腹がいっぱいになってしまいます。
2015.3.7のスージー②
2015.3.7 今日のお昼ご飯^^







食べ終わったら丸めますよね^^
2015.3.7のスージー③







まぁ、当然の展開。笑
2015.3.7のスージー④







最後もこうなるのはいつものこと^^
2015.3.7のスージー⑤






やけに寒くて腰が冷えちゃいました!
ミシンどうしようか考え中・・・
今日も応援ぽちぽちお願いします^^
いつもありがとうございます。ぺこり















昨日の”嫌いなもの”の話です^^

卒業文集のクラスのページで書いたことです。
”好きなもの”は何を書いたのかまったく思い出せないですが、
嫌いなものははっきり覚えています。

小学校のときは豚の脂身で、中学校のときも同じく豚の脂身。
でも、中学のときはプラス”毛深いヒト”と書いたのを、これまた
はっきりと覚えています。笑
今でも毛深いヒトはすっごい苦手なので、欧米人の男性は
毛深いほうがモテル?なんて話が信じられません・・・ゾッ

うちは、母が女手一人でワタシたち3人姉妹を育ててくれました。
ワタシが3歳の頃からです。
ワタシは子供が一人もいません。
だから、女一人で子供3人を育てるなんて、どれだけの苦労が
あったのだろうと想像することしかできません。
きっとワタシが想像するよりも何百倍も母は辛かっただろうと思います。

朝から夜遅くまで母は働いていました。
毎日毎日・・・
ワタシは覚えていませんが、母はワタシをおんぶしながら仕事を
していた時期が数年あったと聞いたことがあります。
上の姉二人は健康優良児だったんですが、ワタシは未熟児で
生まれてきたせいか病弱で(今の見た目からは想像できないけど。笑)、
ホント大変だったとよくいわれました。

10年くらい前だったでしょうか。
母と二人でなんとなく話す機会があり、初めて聞いたことがあります。
経済的にも時間的にも決して余裕なんてなかったけど、ワタシたちを
育てる上でこういう思いだけは絶対にさせないでおこうと、決めていた
ことがあったそうです。

それは、お腹を空かせて悲しい思いをさせない。

だったそうです。
母はきっと、自分がそういう悲しい思いをしてきたから子供たちにだけは
経験させたくない、と思ったのかもしれません。

祖母は保健婦でした。
戦後?の時代、それはそれは母にも勝るくらい大変だったそうです。
毎日どこかのお宅に呼ばれてお産を手伝ったり、とか。
あまり詳しいことは聞いたことがありません。
もう、他界しています。
そんな時代もあってか、祖母が在宅していることはほとんどなかったそうです。
母は一男三女の末っ子です。
きっと、母は幼少の頃に食べ物だけに限らず、いろんなことで辛い思いを
しながら成長したんだと思います。
とりわけ、きっと食べ物に関することでは人一倍の苦労があったんでしょう。
だから、自分の子供たちにだけはそんな思いをさせないと決めていたのかも
しれません。

確かに、うちは決して裕福ではありませんでしたが、母はいつでも
ワタシたちに美味しいご飯を用意してくれていました。
冷蔵庫には必ず副菜の2.3品は作り置きがしてありました。
ほうれん草を茹でたものは一年中必ず、葱はいつだって小口切りに
したものがストックされていて、納豆や麺類には必須アイテムでした。笑
きんぴらごぼうやひじきの煮物、佃煮もいつだってありました。
夏にはかつおと昆布のお出汁で作った大量のめんつゆがホーローポットに
入って冷蔵庫に必ず冷え冷えで作ってありました。
梅干やらっきょうの味噌漬け、蕗の煮物・・・
季節の食べ物を作るためにいつだって下処理を手伝わされました。
そのせいでらっきょうが子供の頃は大嫌いでした。苦笑
でも、今は大好きになりました^^

話がそれちゃいましたね。スミマセン。ぺこり

どうして豚の脂身が嫌いだったかというと、母は野菜炒めをよく
作りました。大量に。
切り落としの安い豚のこま肉を使って作ってくれましたが、いつだったか
固い筋をガリッと食べたときに豚の脂が口の中にジュワーと漂い・・・
猛烈に気持ち悪くなっちゃったんです。
以来、野菜炒めに限らずどんな料理にどんなに小さな切れっぱしで
あったとしても、豚肉の脂身だけは決して食べることができなくなりました。
食べられないワタシの野菜炒めは肉なしになり、豚汁も豚肉を取り除いて
食べていました。。。
学校の給食のときもいろいろ大変でした・・・。

中学生くらいまではホントにいろいろ食べられないものがありました。
生クリームとチョコレートなんかは食べられないというと、いつもえっー!
とびっくりされてばかりでした。苦笑

でも、高校生になってからほとんどのものが食べられるようになりました^^
たぶん、友達と買い食いするようになったからだと思います。笑
豚肉もちゃんと食べられるようになり、大好きになりました。

子供の頃食べられなくても大人になってから大好きになるものって
たくさんありますよね。
その反対も。
子供の頃からずっと食べられないものってありますか。
ワタシはたらこ以外の魚卵と貝類。
貝類もほたての貝柱なら大丈夫で、短い間ですが岩国に住んでいた頃に
厳島神社に2度ほど行きましたが、そこで食べた焼き牡蠣の美味しさを
知ってからは牡蠣も食べられるようになりました。
とはいえ、大好物にまではなりませんけどね。

今、大好物はなんですか?って聞かれたら・・・
う~ん・・・なんだろ。笑
特にこれといってこれが死ぬほど大好き!というものがないかな~?
でも、洋菓子とか甘いものが食べたくなることが多いです^^
少し前まで好きだったのがセブンイレブンの”クリームたっぷり生どら焼き”。
妙におしょうゆっぽい味が濃い、粒あんが生クリームと完全に混ざった
クリームがサンドしてあるんですが、生地もしっとりして美味しかったです^^
でも、最近あまり見かけなくなったので変わりに”プリンの生どら”を
昨日は買ってきてくれたので、今日のおやつにいただきます^^
どら焼きにプリンとクリームがサンドしてありますっ~
夢のコラボ???笑

食べ物の話はつきませんね~あははは^^
















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2 Comments

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2015/03/07 (Sat) 13:14 | REPLY |   

やまだのママ  

★鍵コメさんへ★
こんにちは~

祖母もそうだったと思うし、祖母の影響が強かったせいか
母も同じだったんだと思いますが、インスタント食品とか
保存食?そういうものの存在をあまり知らなかったんです。苦笑
戦時下の暮らしか?っていうくらいびっくりな食生活でした。
子供の頃は恥ずかしいことばかりでしたが、今こうして自分も
中年になり(笑)、やっぱり母と同じような食生活を送って
いるのかな~?と思います。
半分くらいですけどね^^
残りの半分はやはり市販品をワタシは買っちゃいます。
今日まだご飯食べていないんですが、残りご飯もないし
食べるものないんですよ~泣
こういうときのためにインスタントラーメンとか冷食とか
ストックして置いたらいいんでしょうけど、なぜかあまり
買ったりしません。
晩御飯を急に作れなくなったときはもう大変!
相方に何か買ってきてもらうしかないんです、うちは。笑
学習しろ~ってよくいわれるんですが、なんだか買う気に
なれなくって。。。
でも、たまに食べると美味しいですよね^^

火曜日はまたお赤飯にします^^

2015/03/08 (Sun) 15:31 | REPLY |   

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