やまだのお部屋

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ドリル 最後の5日間の出来事


ホントはみんニャのお誕生日が過ぎてから書こうと思っていました。

ドリルが旅立ってから日が経つにつれて、書くのをやめようと
思ったりもしました、実は。
1週間経ち、2週間経ち、そうして日を重ねれば重ねるほど書く気力が
どんどん萎えてきてしまいました。
でも、やっぱり3月中にキチンと書いておかなければと、昨日ふと
思ったんです。












3/5(水)
この日の朝、いつものように誰よりも真っ先に大きな声で朝ごはんの
催促をしに2階から下りてきました。
カンカンの入っているカップボードの引き出しについてきて、早く!と
でもいうように引き出しに前2本足を乗せて選んでくれました。
これも毎朝のことでした。
それなのに、用意して出してあげたご飯のにおいを嗅いだだけでプイッと
上に戻ってしまったんです。
それでも、他のみんニャが食べ終わってから別のご飯を持っていったら
ぺろりと食べてくれました。
そのほかに変わった点は一切ありませんでした。
チャンちゃんとのショットのお写真もこの日記事に載せたくらいです。
でも、この朝ごはんをいつもの場所で食べなかったことがはじまりだった
んですね、きっと・・・。





3/6(木)
この日の朝もいつものように下りてきて催促するもいつもの場所では
食べませんでした。
でも、2階に持っていくとぺろりと食べてくれました。
日中もいつものように遊び、呼吸も乱れることなく手足を伸ばして
気持ちよさそうに眠ることができていました。
ホントに何も変わったところがワタシにはわからなかったんです・・・。





3/7(金)
この日の朝も下りてきたけど食べませんでした。
そして、2階に持っていっても食べなかったのがこの日がはじめてでした。
買い物から帰ってきたらいつものようにお出迎えしてくれて、買い物袋に
頭を入れて物色したり、お土産は?とキッチンカウンターの上に飛び乗って
鳴きっぱなしで催促してくれました。
これもいつものことでした。
いつもなら何かおやつをあげる時間だったんですが、朝ごはんも食べていない
ので心配だったし、食欲があるならとキドナを先に1袋飲ませたんです。
でも、今にして思えば欲しいものをこのとき上げればよかったのかと・・・。
少し経ってから赤みのお肉を置いておき、食べ終わったかなぁ~と見に行くと
30gのお肉がぺろりとなくなっていました。
ころころと大好きな紙くずで遊んだり、呼吸数も平常でした。
ただ、前日とこの日だけ声が枯れてきたんです。
熱は若干高くなってきたかなと思いましたが、それほどでもありませんでした。
風邪か何かに感染したのかなと思ったり、アスペルギルスの菌がまた騒ぎ出した
のかと思ったり・・・

先生に相談しました。
すぐに波動テストをしてくださいました。
結果、何かに感染しているということでした。
日和見感染で身体が熱っぽいはずと。
日和見感染なので抗生剤を使えば症状は改善するかもしれませんが、ドリルは
アスペルギルスの真菌があるので抗生剤を使うとそっちが動き出してしまうんです。
だから、できれば使いたくないという先生の提案に従い、ワタシも使わない方向で
いこうと当初は決めました。





3/8(土)
この日の午後から急変しました。
熱のせいで身体がだるそうにし始めました。
夕方16時過ぎから呼吸数が52回を超えました。
もう、迷っていられないと思いこの時点で抗生剤の使用を先生に
お願いしました。
実は、在庫の輸液パックがなくなりそうだったのでお願いしていたんです。
いつもまとめて20パック1箱をお取り寄せしていただいているんですが、
入荷がこの日になるので必要なレメディはホモトキ等と一緒に発送して
いただく予定になっていました。
抗生剤も一緒に発送していただけるようお願いしました。
でも、前日の時点で迷うことなくすぐに送ってもらえばよかったのかも
しれません・・・後悔したことの1つです・・・。

時間の経過とともに、この日どんどん症状が変化しました。
正直、もう明日を迎えられないのではないかと思いました。
先生はこの日の午後に炎症サポートのレメディの波動を遠隔ヒーリングで
ずっと送ってくださいました。
そのせいか、実は熱は翌日には改善していたんです。
あまりにも辛そうにしているドリルを見て居ても立ってもいられなくなり、
診療時間は当然終わっているけど症状だけでもメールで伝えておこうと
先生に送りました。
23時36分でした。
先生も気にしてくださったようで、そんな時間なのにワタシのメールを
読んでからさらに波動テストをしてくださったんです。
波動テストは、1度やって結果を得るのではなく、何度もやって波動の
動きを見ることが大切なんだそうです。
テスト者の緊張であったり筋肉の弛緩であったり、そうしたものでさえも
数値に多少なりとも影響が出てしまうので、数値の流れを見ることで
そうした要因を加味しながら見ることが大事なんだそうです。
この日の夜の結果では、肺の数値は中程度に低いくらいで大きな問題はなく、
ワタシが懸念していた肺水腫ではありませんでした。
懸念はしたけれど、ワタシもホントのところでは肺水腫ではないと思って
いました。
けど、呼吸が速くなる原因といえば肺水腫や心臓病、または誤嚥や誤飲等、
物理的に何かが臓器を圧迫しているとかそういうことだと思ったので、
念のため調べていただいたんです。
でも、呼吸は速くなっていたけれど開口呼吸はしていませんでした。
それがまたワタシにもわからなかったことの1つでした。

テスト結果では、大きな問題は熱でした。
熱のレベルがゼロレベルまで低くなっているので、呼吸が速いのは熱のせい
だという先生からのお返事でした。
熱で速くなるのか・・・と漠然ですが思ったのが感想でした。
先生は真夜中だというのに、結果から熱の数値を改善する波動を送って
くださったんです。
そのおかげもあって翌日には身体の熱さやだるそうにしているそぶりは
改善していました。
ただ・・・呼吸だけはもう戻りませんでした。






3/9(日)~3/10(月)
前日にずっとずっと考えて二人で話し合いました。
病院に連れて行くということをです。
でも、相方は反対したんです。
それは、ワタシ一人で連れて行くことでこの状態では車中でもしもと
いうことになりかねない、そして日曜日は病院が混んでいて検査や
何かで待っている間にどうかなってしまうことが心配だからと。
翌日月曜日だったら自分も休みだから一緒に連れて行けるし、酸素の
器械もどうにかして車に乗せて使えるようにできるかもしれないからと
相方なりにいろんなことを考えて考えて、月曜日まで待ってという
ことでした。
そして、もし今日ドリルがどうにかなってしまったとしても、年齢的に
みてももうこのまま家にいさせてあげたほうがいいと思うと・・・。
ワタシも同じでした。
でも、でも、だったんです。
苦しそうにだるそうにしているドリルを見ると、ひょっとしたら何か
肺や胸に溜まっているものを取り除いてあげることで楽にさせて
あげられるかもしれない、そう考えてしまうんです、何度も。
ワタシにはこうしてあげたい、どうしたい、ということを決められ
なかったんです。
だから相方が言ってくれた言葉にワタシもそうするのが一番なのかなと
思いました。
相方のせいにしているわけではありません。
ワタシだって心の中ではもうこの時点で通院させるのは無理かもと
思っていたんです。

この日の朝4時過ぎに、1階のトイレでおしっこをした後ドリルが
嘔吐しました。
消化吸収しきれなかった茶色の液体でした。
まだ、自分でトイレには行けました。
嘔吐したことで呼吸数が60を超え、急いで口元に酸素チューブを
持っていって吸わせました。
少しだけ落ち着いたけど、もうずっとベッドの裏に行くようになって
しまっていました。

7時頃、なんとなくオシッコをしたそうな感じに見えたのでトイレに
連れて行くとしました。
おしっこの量はちゃんとした量でした。
それを見て、やはり肺水腫ではないんだと思いました。
肺水腫になるとオシッコをしなくなるか出なくなる、またはしたとしても
極端に量が少なくなるんですね。
ドリルは最後までずっとちゃんとした量でしたし、においもあったことで
腎臓もちゃんと機能していたんだと感じました。

だんだん何も飲めなくなりました。
口に入れても水すら飲み込むことができなくなっていました。
何かが詰まっているのか・・・そんな風にも感じました。
相方がしきりに横胸の辺りが出っ張ってるように見えるといいましたが、
あとの波動テストで膿瘍の項目がマイナスになり、膿胸の可能性が
高かったんです、実は。

先生と話しました。
何度も波動テストをしたり遠隔ヒーリングでずっと波動を送ってくださり
したおかげで、微妙なバランスでドリルは持ちこたえていました。
おそらく、こうしたことがなければ日曜日の朝にはドリルは旅立っていたと
思います。
波動テストに免疫という項目があります。
ドリルはずっと10とか11とかだったんですが、この日の朝のテストで
はじめて7に落ちていました。
先生いわく、これは先生自身の精神的なことや筋肉の弛緩具合で数値に
影響が出てしまった可能性もあるかもしれないけれど、今までの数値から
下がっているのでちょっと引っかかるということでした。
他にもいろんなことを話しました。
ホントはこの日に抗生剤やら輸液パックやら必要なものを揃えて送って
くださる予定でしたが、先生から相方が夜帰宅してから取りにこられた
ほうが早く使って上げられるのでどうですか?と提案していただきました。
こちらとしては願ってもないことでした。
先生も心配なので、といってくださり、ワタシ自身の心も少しだけ
落ち着きを取り戻せた瞬間でした。

相方に電話して、事情を話すとできるだけ早く帰れるようにすると。
日曜日なので定時は18時でしたが、まさかすぐに終われるなんて思っても
いなかったので、18時過ぎにすぐ今から帰るとメールがあって驚きました。

相方が帰宅するほんの少し前に、ドリルがはじめて失禁しました。
酸素ケージに猫ベッドを入れていたんですが、その中でしていました。
したそうにしていたのを気がついてあげられなくてゴメンネと言いました。
すぐに取り替えてあげて、心なしかドリルの表情も少し落ち着いている
ように見えました。

相方が19時過ぎに帰宅し(失禁した後だったのでもうドリルは・・・と
思ってしまい、相方の顔を見て思わず涙が出てしまいました)、すぐに
先生のところに飛ばしてくれました。
かなり飛ばして事故りそうになったり。。。
帰宅して20時半頃、その足ですぐに家電量販店に走りました。
なぜかというと、車中で酸素濃縮器を使うための電源を変換するアダプタを
買いに行くためでした。
翌日、病院に連れて行けるかわからないけれど、でした。
相方なりに一生懸命だったんです。
はしごして探してくれたけど、結局ありませんでした。
というか、酸素濃縮器の電圧が高すぎて車では使えなかったんです。
いわゆる業務用なので、無理でした。
帰宅してからも酸素を袋の中に何個もたくさん詰め込めば行けるだろうかとか
考えてくれたんです。
ワタシの中にはまだ病院に行ったらもしかしたら・・・という思いは
少しだけ残っていました。
でも、相方が帰宅して無かったということを聞いたとき、そしてこの後
ドリルがさらに失禁したのを見て、自分の中に残っていた小さな期待が
もうこのまま一緒にここにいよう、という覚悟に変わりました。

夜中の何時頃までだったでしょうか。
酸素ケージから出してあげて、ドリルの好きなところにいかせて
あげていました。
寒いところ、冷たいところに行きたがりました。
カーテン下の隙間風が出てくるところに行きたがったり。
猫さん体温が下がってくると普段いた場所の室温でも身体が熱く
感じてしまうんですね。
だから暗くて寒いところとかに行きたがるんです。
身体の冷えがさらに進行してしまうのでホントはそんなところに
いさせるのはよくないことだとわかっていましたが、もう好きな
ようにさせてあげました。
ドリルが移動するたびに酸素チューブをずっと鼻先に持っていって
あげました。
相方がずっとずっとしてくれました。
ワタシはそばにいることしかできませんでした・・・。

そうして何時間か経ち、その後酸素ケージに入れてあげました。
もう、かなり呼吸が苦しそうになりはじめていたからです。
中では10分おきくらいに居場所を変えて、落ち着きませんでした。
ずっと呼吸数は50以上のままでした。
結局、ドリルは取り替えてあげた猫ベッド4個でオシッコをして
くれました。
いずれも量もにおいもちゃんとありました。

猫ベッド、作っておいてよかったと思いました。
それはなぜかというと、以前も書きましたが猫さん呼吸が苦しく
なると上半身を少し高くして胸を楽にしたがります。
だからドリルもずっと猫ベッドの縁に身体を乗せていました。
そして、偶然にも昨年ドリルとチャンちゃん用に作った2ニャン用の
大きな猫ベッドが酸素ケージにぴったりのサイズだったんです。
一番最初にこのベッドを入れてあげたんですが、まだこのときは
縁に寄りかかってうとうとすることができていました。
酸素ケージにぴったりだったのがなんとなくこうなることのため
だったような気がしましたが、あまりにもぴったりでほんとに最初
びっくりしました。
スペアも必要だなぁとふと思いました、このとき。

相方が、自分が見ているから少し休んだらといってくれました。
朝4時になったら少し交代して、と。
それまで少しでも休んだほうがいいと気遣ってくれました。
隣で少し身体を横たえましたが、ドリルが身体の向きを10分おき
くらいに変えるときに鳴いたんです、いつも。
だからその声を聞くと飛び起きてしまいました。

正確に何時だったのかわかりません。
時計をみることなんてできませんでした。
ふと、ドリルと目が合いました。
するとワタシのほうに鳴きながらふらついて歩いてきたんです。
このとき、なんとなく感じました。
もう、いいよね・・・と。
酸素ケージの扉を開けてあげました。
相方も飛び起きてそばに・・・。
するとドリルが出てきてくれて、もう立っていることができませんでした。
壁にぶつかるドリルを抱き上げて寝かせました。
頭を少し高くしてあげました。
もう、自分から起き上がることはできませんでした。
目が、旅立ちの準備をしていることがわかりました。

酸素ケージにいればまだ持ちこたえたかもしれません。
出したことで酸素の薄い部屋ではもう生きられなかったんです。
それがわかっていながらワタシは出しました。
でも、なんとなくもうドリルが、ボクはもういいよ、といってくれて
いるような気がして扉を開けました、ワタシは。

どのくらいだったでしょうか
1分だったのか
5分だったのか
とても短い時間でした。
呼吸不全でしたが、発作でのた打ち回るような苦しみはありませんでした。
いや、苦しみはずっとあったんです。
でも、ドリルは懸命に病気と立ち向かって頑張ってくれました。
頑張らせてしまったのかもしれませんが・・・
相方に何時?と聞いてわかりました。
朝5時25分でした。




相方にドリルを抱っこしてもらいました。
ワタシはなんとなく窓を開けました。
朝5時過ぎでもだんだんと薄明るくなり始めた季節です。
一昨年、お庭に沈丁花の苗を植えました。
まだ40cmくらいにしか育っていませんが、ちょうどこの日が満開でした。
2階まで強い香りが飛んできていて、開けた窓から部屋に入ってきました。
きっとワタシはこの先もずっと、沈丁花の香りを嗅ぐとドリルとの最後の
時間を思い出すと思います。

ワタシはこの後事切れてしまって、相方もそのはずなのにこの日は家の
ことをなんでもしてくれました。
ワタシはドリルの横で手を握りながら寝てしまいました。
その間相方は掃除に洗濯、2階のベランダに出したドリルがオシッコして
くれた猫ベッドも4個洗ってくれて、じっとしていられない気持ちを
何かに変えているように頑張ってくれました。
感謝。










日曜日の午後の波動テストで、膿瘍の項目がマイナスになっていました。
ドリルが感染症体質であったことは間違いないそうです。
今回は劇症型の感染症に罹り、あまりも進行が早すぎたとのことでした。
何度も書きますが、肺水腫等ではなかったと思います。
波動テストでも循環器、呼吸器系では中程度に反応は出ていることが
ありましたが、今回の原因とはワタシ自身も考えられませんでした。
そういう呼吸困難には感じられなかったんです。
開口呼吸になったりチアノーゼになるような苦しさはなかったと思います。
だからこそ、わかりませんでした・・・
一か八かで病院に行けばよかったのに、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
ワタシもずっとずっとそれは悩みました。

土曜日の時点で膿胸の可能性を先生に伺いました。
日曜日の午後で膿瘍の項目がマイナスになり(それまではなかった)、
その可能性が高かったんです。
でも、日曜日午前の状態ではたとえ病院に連れて行ったとしても
ドレーンを胸に入れて膿を除去するための鎮静には耐えられないと
先生は感じたそうです。
実際、病院ではその作業中に他界してしまう子は少なくないと聞きます。
先生はこのときのお電話ではワタシを心配させまいと言葉を選んで
ある意味遠まわしにいろんな事を話してくださいましたが、あとの
話で実はあの時もう・・・とわかっていらっしゃったそうです。
だから、日曜日の夜の遠隔ヒーリングではドリルが旅立ちのときを
選んでいるという気持ちを尊重してあげようとしてくれたそうです。




こうして書くと長い出来事のように感じますが、実際に急変してからは
あっという間でした。
闘病らしい闘病はなかったと前の記事で書きましたが、自分でも闘病
らしいとは一体どういうことなのか、と自問してみました。
辛いことが闘病なのか
そういう月日が長いことが闘病なのか
いろいろ考えてみましたが、あまりわかりません。
ドリルがアスペルギルス症と診断されてからのこの1年が闘病だったとは
思えません。
いや、これはワタシの主観であってドリル自身は闘病だと思っていたのかも
しれませんが・・・
それでも、元気に遊び、おいしくご飯を食べ、気持ちよく眠ることができた
1年間だったと思いたいです。
ドリルが発症してからの1年間は、ドリルのため、ドリルのことを真っ先に
なんでも考えて一緒に生きてきました。
ほかのみんニャには申し訳ないけれど・・・












なんだか急に毎日していたことがぽっかりとなくなってしまいましたが、
ぼぉーとしてしまうとか、ぽかーんと何もせずにだらだら過ごしている
とかができません。
寂しくて何もやる気がおきないということがなく、反対に何かして
いないと!と思ってしまう今日この頃です。

こうして記事に書くことで気持ち的にも一区切りつけようと思います。

3日はみんニャの誕生日です^^

















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6 Comments

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2014/03/31 (Mon) 17:23 | REPLY |   

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2014/03/31 (Mon) 17:24 | REPLY |   

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2014/04/01 (Tue) 17:17 | REPLY |   

やまだのママ  

★鍵コメさんへ★
こんにちは。
新居はもう慣れましたか。

長々と思ったままに綴っているので(いつも)、
お読みいただくのも疲れさせてしまいますよね。苦笑
でも、最後まで読んでいただきありがとうございました。

なにかをしたらもしかしたらこうだったかも・・・と
思うことは尽きませんよね。
鍵コメさんが静脈点滴をしていたら・・・と思われる
お気持ち、ホントによくわかります。
以前もこれはメールかここでかお返事したかもしれませんが、
何かをするという決断よりもしないという決断はまた違った
形でとても難しいですね。
もちろん、するという決断だってそれはそれで大変なことだと
いうことはワタシ自身もわかっていますが。
どうすべきだったか・・・正しいと思うことは数え切れないけど、
鍵コメさんの猫さんやドリルにしても、最後おうちで一緒に
過ごせたこと、それが一番幸せな選択であったと信じたいです。
いつも気にかけてくださって、ありがとうございます^^

2014/04/03 (Thu) 15:34 | REPLY |   

やまだのママ  

★2番目の鍵コメさんへ★
こんにちは。
今日は冷たい雨ですね。

ずらずらと思ったままにいつも書いているので、
お読みいただくのも大変でしたよね。
でも、読んでいただきありがとうございます。
冷静・・・だったのかしら。
うーん、自分ではよくわかりません。
でも、泣きながら、ときに号泣しながら書きました。
以前も確か冷静~と書かれたことがあったかもしれませんが、
ワタシはホントに全然冷静なヒトじゃないんですよ。苦笑
でも、文字だとそういう風に感じられる方がいらっしゃる
のですね。不思議な感じです、いつも。

波動のことって、まだまだ日本ではオカルトの部類だと
思われる方がほとんどだと思います。笑
目に実際見えないものに対してはどうしてもそうなって
しまいますね。
導入偏?みたいな簡単な本でもそうしたことが書かれて
いたんですが、やはりヒトに聞いたりするよりも本なり
読んだり、そして体験してみないとホントのところで
信じきれるかはわかりませんね。
ワタシだってドリルのことで初めてそうしたオカルト的な
感覚から脱しましたから^^




2014/04/03 (Thu) 15:43 | REPLY |   

やまだのママ  

★3番目の鍵コメさんへ★
こんにちは。
なんだか無駄に長くなってしまいました。
お読みいただきありがとうございます。ぺこり
思い出したりしながら書くことは確かに涙が出てきます。
でも、ドリル幸せでいてくれたよね、と思いたいんです。
辛くて悲しくて泣けてくるというよりも、なんでだろう?と
いうまだ自分の中で租借できない気持ちがあるからなのか・・・
ドリルは大好きだったらタロウパパとやまだやみんニャに
囲まれて、今はこっちにいたときよりも幸せかしら^^

2014/04/03 (Thu) 15:48 | REPLY |   

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