ドリル 最後の5日間の出来事
2014年03月31日 (月) | 編集 |

ホントはみんニャのお誕生日が過ぎてから書こうと思っていました。

ドリルが旅立ってから日が経つにつれて、書くのをやめようと
思ったりもしました、実は。
1週間経ち、2週間経ち、そうして日を重ねれば重ねるほど書く気力が
どんどん萎えてきてしまいました。
でも、やっぱり3月中にキチンと書いておかなければと、昨日ふと
思ったんです。












3/5(水)
この日の朝、いつものように誰よりも真っ先に大きな声で朝ごはんの
催促をしに2階から下りてきました。
カンカンの入っているカップボードの引き出しについてきて、早く!と
でもいうように引き出しに前2本足を乗せて選んでくれました。
これも毎朝のことでした。
それなのに、用意して出してあげたご飯のにおいを嗅いだだけでプイッと
上に戻ってしまったんです。
それでも、他のみんニャが食べ終わってから別のご飯を持っていったら
ぺろりと食べてくれました。
そのほかに変わった点は一切ありませんでした。
チャンちゃんとのショットのお写真もこの日記事に載せたくらいです。
でも、この朝ごはんをいつもの場所で食べなかったことがはじまりだった
んですね、きっと・・・。





3/6(木)
この日の朝もいつものように下りてきて催促するもいつもの場所では
食べませんでした。
でも、2階に持っていくとぺろりと食べてくれました。
日中もいつものように遊び、呼吸も乱れることなく手足を伸ばして
気持ちよさそうに眠ることができていました。
ホントに何も変わったところがワタシにはわからなかったんです・・・。





3/7(金)
この日の朝も下りてきたけど食べませんでした。
そして、2階に持っていっても食べなかったのがこの日がはじめてでした。
買い物から帰ってきたらいつものようにお出迎えしてくれて、買い物袋に
頭を入れて物色したり、お土産は?とキッチンカウンターの上に飛び乗って
鳴きっぱなしで催促してくれました。
これもいつものことでした。
いつもなら何かおやつをあげる時間だったんですが、朝ごはんも食べていない
ので心配だったし、食欲があるならとキドナを先に1袋飲ませたんです。
でも、今にして思えば欲しいものをこのとき上げればよかったのかと・・・。
少し経ってから赤みのお肉を置いておき、食べ終わったかなぁ~と見に行くと
30gのお肉がぺろりとなくなっていました。
ころころと大好きな紙くずで遊んだり、呼吸数も平常でした。
ただ、前日とこの日だけ声が枯れてきたんです。
熱は若干高くなってきたかなと思いましたが、それほどでもありませんでした。
風邪か何かに感染したのかなと思ったり、アスペルギルスの菌がまた騒ぎ出した
のかと思ったり・・・

先生に相談しました。
すぐに波動テストをしてくださいました。
結果、何かに感染しているということでした。
日和見感染で身体が熱っぽいはずと。
日和見感染なので抗生剤を使えば症状は改善するかもしれませんが、ドリルは
アスペルギルスの真菌があるので抗生剤を使うとそっちが動き出してしまうんです。
だから、できれば使いたくないという先生の提案に従い、ワタシも使わない方向で
いこうと当初は決めました。





3/8(土)
この日の午後から急変しました。
熱のせいで身体がだるそうにし始めました。
夕方16時過ぎから呼吸数が52回を超えました。
もう、迷っていられないと思いこの時点で抗生剤の使用を先生に
お願いしました。
実は、在庫の輸液パックがなくなりそうだったのでお願いしていたんです。
いつもまとめて20パック1箱をお取り寄せしていただいているんですが、
入荷がこの日になるので必要なレメディはホモトキ等と一緒に発送して
いただく予定になっていました。
抗生剤も一緒に発送していただけるようお願いしました。
でも、前日の時点で迷うことなくすぐに送ってもらえばよかったのかも
しれません・・・後悔したことの1つです・・・。

時間の経過とともに、この日どんどん症状が変化しました。
正直、もう明日を迎えられないのではないかと思いました。
先生はこの日の午後に炎症サポートのレメディの波動を遠隔ヒーリングで
ずっと送ってくださいました。
そのせいか、実は熱は翌日には改善していたんです。
あまりにも辛そうにしているドリルを見て居ても立ってもいられなくなり、
診療時間は当然終わっているけど症状だけでもメールで伝えておこうと
先生に送りました。
23時36分でした。
先生も気にしてくださったようで、そんな時間なのにワタシのメールを
読んでからさらに波動テストをしてくださったんです。
波動テストは、1度やって結果を得るのではなく、何度もやって波動の
動きを見ることが大切なんだそうです。
テスト者の緊張であったり筋肉の弛緩であったり、そうしたものでさえも
数値に多少なりとも影響が出てしまうので、数値の流れを見ることで
そうした要因を加味しながら見ることが大事なんだそうです。
この日の夜の結果では、肺の数値は中程度に低いくらいで大きな問題はなく、
ワタシが懸念していた肺水腫ではありませんでした。
懸念はしたけれど、ワタシもホントのところでは肺水腫ではないと思って
いました。
けど、呼吸が速くなる原因といえば肺水腫や心臓病、または誤嚥や誤飲等、
物理的に何かが臓器を圧迫しているとかそういうことだと思ったので、
念のため調べていただいたんです。
でも、呼吸は速くなっていたけれど開口呼吸はしていませんでした。
それがまたワタシにもわからなかったことの1つでした。

テスト結果では、大きな問題は熱でした。
熱のレベルがゼロレベルまで低くなっているので、呼吸が速いのは熱のせい
だという先生からのお返事でした。
熱で速くなるのか・・・と漠然ですが思ったのが感想でした。
先生は真夜中だというのに、結果から熱の数値を改善する波動を送って
くださったんです。
そのおかげもあって翌日には身体の熱さやだるそうにしているそぶりは
改善していました。
ただ・・・呼吸だけはもう戻りませんでした。






3/9(日)~3/10(月)
前日にずっとずっと考えて二人で話し合いました。
病院に連れて行くということをです。
でも、相方は反対したんです。
それは、ワタシ一人で連れて行くことでこの状態では車中でもしもと
いうことになりかねない、そして日曜日は病院が混んでいて検査や
何かで待っている間にどうかなってしまうことが心配だからと。
翌日月曜日だったら自分も休みだから一緒に連れて行けるし、酸素の
器械もどうにかして車に乗せて使えるようにできるかもしれないからと
相方なりにいろんなことを考えて考えて、月曜日まで待ってという
ことでした。
そして、もし今日ドリルがどうにかなってしまったとしても、年齢的に
みてももうこのまま家にいさせてあげたほうがいいと思うと・・・。
ワタシも同じでした。
でも、でも、だったんです。
苦しそうにだるそうにしているドリルを見ると、ひょっとしたら何か
肺や胸に溜まっているものを取り除いてあげることで楽にさせて
あげられるかもしれない、そう考えてしまうんです、何度も。
ワタシにはこうしてあげたい、どうしたい、ということを決められ
なかったんです。
だから相方が言ってくれた言葉にワタシもそうするのが一番なのかなと
思いました。
相方のせいにしているわけではありません。
ワタシだって心の中ではもうこの時点で通院させるのは無理かもと
思っていたんです。

この日の朝4時過ぎに、1階のトイレでおしっこをした後ドリルが
嘔吐しました。
消化吸収しきれなかった茶色の液体でした。
まだ、自分でトイレには行けました。
嘔吐したことで呼吸数が60を超え、急いで口元に酸素チューブを
持っていって吸わせました。
少しだけ落ち着いたけど、もうずっとベッドの裏に行くようになって
しまっていました。

7時頃、なんとなくオシッコをしたそうな感じに見えたのでトイレに
連れて行くとしました。
おしっこの量はちゃんとした量でした。
それを見て、やはり肺水腫ではないんだと思いました。
肺水腫になるとオシッコをしなくなるか出なくなる、またはしたとしても
極端に量が少なくなるんですね。
ドリルは最後までずっとちゃんとした量でしたし、においもあったことで
腎臓もちゃんと機能していたんだと感じました。

だんだん何も飲めなくなりました。
口に入れても水すら飲み込むことができなくなっていました。
何かが詰まっているのか・・・そんな風にも感じました。
相方がしきりに横胸の辺りが出っ張ってるように見えるといいましたが、
あとの波動テストで膿瘍の項目がマイナスになり、膿胸の可能性が
高かったんです、実は。

先生と話しました。
何度も波動テストをしたり遠隔ヒーリングでずっと波動を送ってくださり
したおかげで、微妙なバランスでドリルは持ちこたえていました。
おそらく、こうしたことがなければ日曜日の朝にはドリルは旅立っていたと
思います。
波動テストに免疫という項目があります。
ドリルはずっと10とか11とかだったんですが、この日の朝のテストで
はじめて7に落ちていました。
先生いわく、これは先生自身の精神的なことや筋肉の弛緩具合で数値に
影響が出てしまった可能性もあるかもしれないけれど、今までの数値から
下がっているのでちょっと引っかかるということでした。
他にもいろんなことを話しました。
ホントはこの日に抗生剤やら輸液パックやら必要なものを揃えて送って
くださる予定でしたが、先生から相方が夜帰宅してから取りにこられた
ほうが早く使って上げられるのでどうですか?と提案していただきました。
こちらとしては願ってもないことでした。
先生も心配なので、といってくださり、ワタシ自身の心も少しだけ
落ち着きを取り戻せた瞬間でした。

相方に電話して、事情を話すとできるだけ早く帰れるようにすると。
日曜日なので定時は18時でしたが、まさかすぐに終われるなんて思っても
いなかったので、18時過ぎにすぐ今から帰るとメールがあって驚きました。

相方が帰宅するほんの少し前に、ドリルがはじめて失禁しました。
酸素ケージに猫ベッドを入れていたんですが、その中でしていました。
したそうにしていたのを気がついてあげられなくてゴメンネと言いました。
すぐに取り替えてあげて、心なしかドリルの表情も少し落ち着いている
ように見えました。

相方が19時過ぎに帰宅し(失禁した後だったのでもうドリルは・・・と
思ってしまい、相方の顔を見て思わず涙が出てしまいました)、すぐに
先生のところに飛ばしてくれました。
かなり飛ばして事故りそうになったり。。。
帰宅して20時半頃、その足ですぐに家電量販店に走りました。
なぜかというと、車中で酸素濃縮器を使うための電源を変換するアダプタを
買いに行くためでした。
翌日、病院に連れて行けるかわからないけれど、でした。
相方なりに一生懸命だったんです。
はしごして探してくれたけど、結局ありませんでした。
というか、酸素濃縮器の電圧が高すぎて車では使えなかったんです。
いわゆる業務用なので、無理でした。
帰宅してからも酸素を袋の中に何個もたくさん詰め込めば行けるだろうかとか
考えてくれたんです。
ワタシの中にはまだ病院に行ったらもしかしたら・・・という思いは
少しだけ残っていました。
でも、相方が帰宅して無かったということを聞いたとき、そしてこの後
ドリルがさらに失禁したのを見て、自分の中に残っていた小さな期待が
もうこのまま一緒にここにいよう、という覚悟に変わりました。

夜中の何時頃までだったでしょうか。
酸素ケージから出してあげて、ドリルの好きなところにいかせて
あげていました。
寒いところ、冷たいところに行きたがりました。
カーテン下の隙間風が出てくるところに行きたがったり。
猫さん体温が下がってくると普段いた場所の室温でも身体が熱く
感じてしまうんですね。
だから暗くて寒いところとかに行きたがるんです。
身体の冷えがさらに進行してしまうのでホントはそんなところに
いさせるのはよくないことだとわかっていましたが、もう好きな
ようにさせてあげました。
ドリルが移動するたびに酸素チューブをずっと鼻先に持っていって
あげました。
相方がずっとずっとしてくれました。
ワタシはそばにいることしかできませんでした・・・。

そうして何時間か経ち、その後酸素ケージに入れてあげました。
もう、かなり呼吸が苦しそうになりはじめていたからです。
中では10分おきくらいに居場所を変えて、落ち着きませんでした。
ずっと呼吸数は50以上のままでした。
結局、ドリルは取り替えてあげた猫ベッド4個でオシッコをして
くれました。
いずれも量もにおいもちゃんとありました。

猫ベッド、作っておいてよかったと思いました。
それはなぜかというと、以前も書きましたが猫さん呼吸が苦しく
なると上半身を少し高くして胸を楽にしたがります。
だからドリルもずっと猫ベッドの縁に身体を乗せていました。
そして、偶然にも昨年ドリルとチャンちゃん用に作った2ニャン用の
大きな猫ベッドが酸素ケージにぴったりのサイズだったんです。
一番最初にこのベッドを入れてあげたんですが、まだこのときは
縁に寄りかかってうとうとすることができていました。
酸素ケージにぴったりだったのがなんとなくこうなることのため
だったような気がしましたが、あまりにもぴったりでほんとに最初
びっくりしました。
スペアも必要だなぁとふと思いました、このとき。

相方が、自分が見ているから少し休んだらといってくれました。
朝4時になったら少し交代して、と。
それまで少しでも休んだほうがいいと気遣ってくれました。
隣で少し身体を横たえましたが、ドリルが身体の向きを10分おき
くらいに変えるときに鳴いたんです、いつも。
だからその声を聞くと飛び起きてしまいました。

正確に何時だったのかわかりません。
時計をみることなんてできませんでした。
ふと、ドリルと目が合いました。
するとワタシのほうに鳴きながらふらついて歩いてきたんです。
このとき、なんとなく感じました。
もう、いいよね・・・と。
酸素ケージの扉を開けてあげました。
相方も飛び起きてそばに・・・。
するとドリルが出てきてくれて、もう立っていることができませんでした。
壁にぶつかるドリルを抱き上げて寝かせました。
頭を少し高くしてあげました。
もう、自分から起き上がることはできませんでした。
目が、旅立ちの準備をしていることがわかりました。

酸素ケージにいればまだ持ちこたえたかもしれません。
出したことで酸素の薄い部屋ではもう生きられなかったんです。
それがわかっていながらワタシは出しました。
でも、なんとなくもうドリルが、ボクはもういいよ、といってくれて
いるような気がして扉を開けました、ワタシは。

どのくらいだったでしょうか
1分だったのか
5分だったのか
とても短い時間でした。
呼吸不全でしたが、発作でのた打ち回るような苦しみはありませんでした。
いや、苦しみはずっとあったんです。
でも、ドリルは懸命に病気と立ち向かって頑張ってくれました。
頑張らせてしまったのかもしれませんが・・・
相方に何時?と聞いてわかりました。
朝5時25分でした。




相方にドリルを抱っこしてもらいました。
ワタシはなんとなく窓を開けました。
朝5時過ぎでもだんだんと薄明るくなり始めた季節です。
一昨年、お庭に沈丁花の苗を植えました。
まだ40cmくらいにしか育っていませんが、ちょうどこの日が満開でした。
2階まで強い香りが飛んできていて、開けた窓から部屋に入ってきました。
きっとワタシはこの先もずっと、沈丁花の香りを嗅ぐとドリルとの最後の
時間を思い出すと思います。

ワタシはこの後事切れてしまって、相方もそのはずなのにこの日は家の
ことをなんでもしてくれました。
ワタシはドリルの横で手を握りながら寝てしまいました。
その間相方は掃除に洗濯、2階のベランダに出したドリルがオシッコして
くれた猫ベッドも4個洗ってくれて、じっとしていられない気持ちを
何かに変えているように頑張ってくれました。
感謝。










日曜日の午後の波動テストで、膿瘍の項目がマイナスになっていました。
ドリルが感染症体質であったことは間違いないそうです。
今回は劇症型の感染症に罹り、あまりも進行が早すぎたとのことでした。
何度も書きますが、肺水腫等ではなかったと思います。
波動テストでも循環器、呼吸器系では中程度に反応は出ていることが
ありましたが、今回の原因とはワタシ自身も考えられませんでした。
そういう呼吸困難には感じられなかったんです。
開口呼吸になったりチアノーゼになるような苦しさはなかったと思います。
だからこそ、わかりませんでした・・・
一か八かで病院に行けばよかったのに、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
ワタシもずっとずっとそれは悩みました。

土曜日の時点で膿胸の可能性を先生に伺いました。
日曜日の午後で膿瘍の項目がマイナスになり(それまではなかった)、
その可能性が高かったんです。
でも、日曜日午前の状態ではたとえ病院に連れて行ったとしても
ドレーンを胸に入れて膿を除去するための鎮静には耐えられないと
先生は感じたそうです。
実際、病院ではその作業中に他界してしまう子は少なくないと聞きます。
先生はこのときのお電話ではワタシを心配させまいと言葉を選んで
ある意味遠まわしにいろんな事を話してくださいましたが、あとの
話で実はあの時もう・・・とわかっていらっしゃったそうです。
だから、日曜日の夜の遠隔ヒーリングではドリルが旅立ちのときを
選んでいるという気持ちを尊重してあげようとしてくれたそうです。




こうして書くと長い出来事のように感じますが、実際に急変してからは
あっという間でした。
闘病らしい闘病はなかったと前の記事で書きましたが、自分でも闘病
らしいとは一体どういうことなのか、と自問してみました。
辛いことが闘病なのか
そういう月日が長いことが闘病なのか
いろいろ考えてみましたが、あまりわかりません。
ドリルがアスペルギルス症と診断されてからのこの1年が闘病だったとは
思えません。
いや、これはワタシの主観であってドリル自身は闘病だと思っていたのかも
しれませんが・・・
それでも、元気に遊び、おいしくご飯を食べ、気持ちよく眠ることができた
1年間だったと思いたいです。
ドリルが発症してからの1年間は、ドリルのため、ドリルのことを真っ先に
なんでも考えて一緒に生きてきました。
ほかのみんニャには申し訳ないけれど・・・












なんだか急に毎日していたことがぽっかりとなくなってしまいましたが、
ぼぉーとしてしまうとか、ぽかーんと何もせずにだらだら過ごしている
とかができません。
寂しくて何もやる気がおきないということがなく、反対に何かして
いないと!と思ってしまう今日この頃です。

こうして記事に書くことで気持ち的にも一区切りつけようと思います。

3日はみんニャの誕生日です^^


















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心に響く声
2014年03月20日 (木) | 編集 |

雨模様の湘南です。
寒いです、とても。
雨なので相方を駅まで送ってきました、今朝。
帰りの車中で、ラジオから流れてきた歌が胸にジ~ンときちゃいました。
なぜか涙が出てきました。

映画「アナと雪の女王」
松たか子さんが歌う Let It Go です。



松さんがこんなに力強く歌われる方だと知りませんでした。
なんか心にストレートに響いてくる歌声です。


















ドリル 初七日とお空へ向かって・・・
2014年03月16日 (日) | 編集 |

こんにちは。

ドリルへたくさんのお悔やみのお言葉やお花を送っていただきまして、
本当にありがとうございました。ぺこり



今日はドリルの初七日です。
もう・・・という気持ちでいっぱいです。
目の端にチラチラと黒っぽい物体がよぎります。
ふと、なにか鳴き声が聞こえるような気がして耳を澄ましてみたり、
そんな毎日を過ごしています。



最後の日の出来事を綴るにはもう少しお時間をください。
今日はお空に向かって旅立ったお葬式の様子を書いておきたいと思います。



亡骸を載せますので、追記に書きたいと思います。
苦手な方は見ないでくださいね。


















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ドリル 最後の別れ
2014年03月11日 (火) | 編集 |

今日の午後14時、ドリルと最後のお別れをしてきます。

朝から燦燦としてキラキラしたお日様を見て、元気いっぱい

だったドリルにぴったりの1日になりそうです。

お悔やみのお言葉やお花を送ってくださった皆さん

本当にありがとうございました。

お返事は落ち着いてから必ずさせていただきます。





今日ドリルを送って、少ししてからキチンと書きたいと思っていますが、

本当にドリルとお別れするなんてまったく想像できませんでした。

突然のお別れは、見方を変えればそれは幸せなことだったかもしれません。

ピンピンコロリ・・・

ドリルはまさに、それを私たちに初めて実感させてくれたのかもしれません。

いや、実感できているか・・・今はまだわかりません。

闘病する時間が長ければ長いほど幸せじゃないのか、いいえ、そうは

私は思いません。

そういう時間というものは、辛くて悲しいと思う方も多いでしょう。

でも、これもまた見方を変えれば、心の準備をする時間、そうできる

時間を分けてもらえた、とも私は思うんです。

今まで看取ってきた子達から教えられた経験はあります。

お別れを重ねるうちに、いつそうなったとしても後悔をしないようにと

あるときから思うようになりました。

後悔がゼロになることはありません。

でも、やれること、やるべきこと、そしてその子にとって今一番何が

大事かを考えて病気といつも向き合うようにしてきました。

足りないこともたくさんあったと思います。

最初のやまだのときは自責の念でいっぱいで、後悔100%といっても

うそではありません。

やまだには申し訳ない気持ちがいつも先に浮かんできます。

でも、その後お別れしたボムボム、タロウ、ナオミと続き、ナオミの

ときには後悔よりも一緒に病気とキチンと向き合って頑張ってこれたかな、

と思えるようになっていました。

お別れを重ねると、その子たちが身をもって教えてくれたことから、少しでも

自分は成長できたかもしれません。

だから、病気との向き合い方もある程度方向性は迷いながらも決める時間は

短くなるようになっていたと感じます。

病気が進行するにしたがい、もしかしたらもう・・・そろそろなのか・・・と

感じたりすることもありました。

でも、今回のドリルのことは、土曜日の夕方呼吸が速くなってきたのを見ても

一度としてお別れが近いのかなんて思わなかったんです。

まったく頭に浮かんできませんでした。

日曜日の朝になっても本当にお別れなのかと想像できず、だから何も準備も

していませんでした、実は。

今までの子達は、そういうお別れを感じ始めてからもしものときのために

お別れのためのものを用意することができました。

用意する、というのもなんだかいやなことですが・・・

昨日はいろいろ用意して買出しに回り、久しぶりにあわてる自分がいました。

そして今朝は、心が空回りしているようです。

何をしてもおかしな行動をしてしまいます。

いつもだったら何も考えず勝手に身体が動き朝の用意ができたのに、リビングの

お水をなぜかお風呂場に持っていってしまったり、洗濯をするのに洗剤を入れる

ところにお水を入れちゃったり・・・




ドリルと過ごした時間は間違いなく幸せでしかありませんでした。

でも、ドリルとお別れしたタイミングは、私たちにとって

幸せなことだったのでしょうか・・・

今はまだわかりません・・・


















ドリル 5時25分 虹の橋へ
2014年03月10日 (月) | 編集 |

今朝、ドリルは旅立ちました。

5時25分でした。

家族揃って家で看取ることができ、

最後の1日は穏やかにみんな一緒に

過ごすことができました。



闘病らしい闘病もなく、あっという間に

過ぎ去った毎日でした。



今までドリルのために応援し、私も励まして

くださった皆さん

本当にありがとうございました。



最後のお別れは、たぶん明日になると思います。


















ドリル 呼吸困難
2014年03月09日 (日) | 編集 |

スマホからです。

昨日の夕方から呼吸困難になり、今は酸素ケージから

少し出るだけで意気が上がってしまいます。

呼吸数はずっと50以上です。

昨日から今日にかけて、いろいろなことがありました。

もう、お水を飲み込むこともできません。

苦しい、辛い思いだけはさせたくありません。

力を……ドリルに力をください、お願いです。



















ドリル 感染症・日和見感染が影響
2014年03月08日 (土) | 編集 |

今朝も自分からは食べられませんでした。

昨日の午後から熱が出るようになりました。
お昼ごろまではなかったんですが・・・
かなりだるそうです。

お忙しい中、早々に波動テストをしていただけました。
感染症、日和見感染が問題で、菌血症、溶連菌、ブドウ球菌、
放線菌、クラミジア(マイナスなので、実際には一番問題)

という結果が出ました。

波動テストは、今ドリルに不調をもたらしているものが
何か、ということがわかります。

腎臓も少し数値が下がっていましたが、まだ基準値内でした。
先月から心配している不整脈も少しありました。
でも、これは今回の不調が原因と考えられるそうです。

アスペルギルス症もそうですが、元々感染症にかかりやすい体質
かもしれないということだそうです。

クラミジアなんかだったら、効果的な抗生剤があります。
でも、日和見感染なので、できれば使いたくないという先生からの
提案でした。
ワタシがそれでも処方をお願いすればできるのでしょうけど、
ホモトキと感染・炎症サポートでひとまず症状の緩和を目指したいと
思います。

もし、今よりももっと重症化したり体力的に追いつかないと感じたら
すぐに抗生剤は飲ませるかもしれません。
とはいえ、飲ませたからといってすぐ効くわけでもありませんが・・・。





とても寒さが増したときに何か症状が出ているドリルです。
今冬はホントにたくさんあります。
ここに書いていないこともあります。
元々寒さに弱く感染症にかかりやすい体質なのかもという
ことですが、年齢的に身体がもう抵抗できづらくなって
きているのかもしれません。
若いころは体力・免疫力で持ちこたえられたような小さな
ことでも、今のドリルにはかなりの負担なのでしょうね。

17歳目前ですが、ちょっと前だったら17歳なんてすごい
高齢なイメージでした。
今では平均寿命も延びたそうですから、それだけたくさんの
高齢猫さんが頑張っているということなのでしょう。









昨日は隣の部屋のドリルを気にしながら、猫さんをチクチク
していました。(猫さんのパッチワーク)
一針一針、ドリルが早くよくなりますように・・・と祈りながら。
無心になっていたせいか、かなり早く縫えました。
家用ではないんですが、なんとなくかわいくできそうなので
メモリアルキルトみたいなのでみんニャ用も欲しいなぁと思いました。


猫さんパッチ②

猫さんパッチ①

猫さんパッチ③




朝イチで1/3カケシア入りキドナをたくさん飲んでくれたので、
今はお腹いっぱいみたいでぐっすり寝ています、ドリル。
箱座りではなく、ちゃんと横になって足を伸ばしているので
呼吸はまだ平常なんだと思います。
とにかく、起きてきた時はこまめに水分補給と栄養をきちんと
取れるように、そして体力が追いつけるようにサポートして
回復すると信じています!


















ドリル 朝ごはんを食べに降りてこなくなる
2014年03月07日 (金) | 編集 |

一昨日から、朝ごはんを下で食べなくなっています。
それでも一昨日と昨日は2階に持っていくと食べてくれましたが、
今朝は食べてくれませんでした。

普段からあまり自発的にカリカリを食べなかったりしたときは
キドナを1袋飲ませていました。
キドナは嫌がらずにちゃんと飲んでくれます、いつも。
昨日は、買い物から帰ってきたときにいつものように買い物袋を
物色したりおやつを欲しそうにしていたんですが、おやつの前に
キドナを飲ませました。
ちゃんと栄養のあるものを食べて欲しかったのはもちろんですが、
ヒトもそうですがお腹いっぱいになると熟睡できるんですよね。
その後、赤みのお肉をそばに置いておいたら完食していました。
持っていったときは食べなかったんですけどね。
赤みのお肉はリンが高いので、レナルジンをその後念のために
飲ませておきました。
それまでなんとなく挙動がおかしかったときがあったんです。
目もちゃんと開いていなくて、じっとドアのほうを向いて
2.3分そのままだったり・・・。
でも、お肉を食べた後から普段通りの雰囲気に戻り、昨夜は
ホッとしたのも束の間。
今朝も降りてきてくれないばかりか、持っていってもご飯を
食べてくれません。
目つきもやはり具合の悪いときの目になっていて、声も若干
枯れてきています。

マックスで具合が悪いときの感じまではなっていません。
ただ、あきらかに普段とは違うのは確かです。

昨日から声が枯れてきたので、風邪?か?と思いながらも、
咳・くしゃみ・鼻水はありません。
お熱もありませんし、呼吸数も平常値です。
下痢・嘔吐もありません。

昨年2月下旬から、こんな風に1階に下りてこなくなり始めました。
そして右頬がどんどん腫れてきて・・・。
時期的に重なることもあり、またアスペルギルス症が?と思ってしまいます。
昨年からドリルは一回りは身体が小さくなりましたし、体力・免疫力も
かなり落ちているはずです。
もしもまたアスペルギルス症が再発しているんだとしたら、昨年のように
乗り越えられるかわかりません・・・。
投薬に耐えうるか不安です。

今朝、先生に相談しました。
たぶん、波動テストを再度していただけると思います。
アスペルギルスだけでなく、念のため循環器系・呼吸器系・腎臓・肝臓・
心臓・免疫力・・・結局すべての項目ですね。苦笑
不調が出ている項目がないか調べていただきます。

水曜日から具合が下降していますが、ちょうど毎週のホモトキを打った
のも水曜日のお昼前でした。
何か身体の中でよくない作用が出てしまったのでしょうか。。。

でも、(まだ)そばにいけばちゃんとお返事してくれますし、隣の部屋に
いれば何しているの?的な感じでいつものように見に来てくれたりもします。

あまりそばにぴったりついてストレスもかけたくないので、今日は隣の
部屋で手縫いでチクチクします。
ミシンはきっと気になって眠れないかもしれないので。
次に目が覚めて起きてきたら、今日は輸液の日なのでお日様が出ている
間に入れてあげて、その後キドナを飲んでもらってゆっくりとまた
寝てもらえたらなと思います。


















ハンドメイド ルームシューズ
2014年03月06日 (木) | 編集 |

ルームシューズを作ってみました^^
まずは試作から。
ルームシューズ 試作①
生地は、昨年夏に相方の日傘を作ったときのダンガリーが
残っていたので使ってみました。
内布はリネン100%でさらっと履けるようにチョイス。





かかとにはゴムを入れてほどよくフィットします^^
ルームシューズ 試作②
でも、レシピ通りのゴムの伸縮加減だとゆるくて・・・
こうした自分好みの加減だとかは、やはり試作してみないと
わからないものですね。





底面は、滑り止め加工が施されている生地を見つけたので
使ってみました。
この生地を探すのにちょっと手間取りましたが、見つかって
よかったです~
ルームシューズ 試作③

ルームシューズ 試作④
この滑り止めの生地、猫ベッドの裏に使ってもいいかも?と
ふと思いました。
たとえば、フローリングであるとか出窓など、床面が滑るような
素材において使う場合に、この滑り止めが底面にあると安全!
ほかにもいろいろ使えそうな生地ですね^^
ちなみに、ワタシは今回黒を使いましたが白もありました。





試作がなんとかできたので、今度は猫さん柄の生地で作ってみました^^
ルームシューズ①
試作はLサイズなんですが、こちらはMサイズになっています。




かかとのゴムはしっかりめに引いて縫い付けてみました。
ルームシューズ②
こっちのほうがワタシはいい感じです^^





ルームシューズ 試作③

底の中には、極厚(7mm)のフェルトを挟んでいます。
本体はキルト芯も挟んでいますのでふんわりしています。
このルームシューズは靴下を履いた足で履くことを前提とした
サイズになっているので、素足で履くとちょっとゆるゆるです。
でも、夏なんかはやはり素足で履きたいので、一回り甲なんかを
細めにしたらいいのかな、と思いました。





作ってみた感想。
もっと簡単に作れそうなイメージだったんですが、意外と手間取りました。
何が手間取るかって、とにかくしつけしつけ、しつけ縫いのオンパレード!
レシピでは甲の部分に使う接着芯は薄手なんですが、ワタシはしっかりめに
したかったので厚めで硬いものを使ってしまいました。
これがいけなかった~~!
最終工程で内から外にひっくり返すんですが、固めの接着芯を使って
しまったし、極厚フェルトのせいでひっくり返せない!
なんとかひっくり返すまでにうんせうんせと手がしびれることに。
ひっくり返すだけなのに~~~!と半泣きになりそうでした。苦笑
でも、試作品が完成して思ったのが、やはり固めの接着芯を使って
よかったなぁということ。
なので2足目も固目を使いましたが、作るのはちょっとてこずったけど
完成してみたら満足です^^
ふぅ~疲れた。笑

















今朝のドリチャン^^
2014年03月03日 (月) | 編集 |

珍しくチャンちゃんの上にドリルが乗っていました^^
いつもは反対なんですけどね~

2014.3.3のドリルとチャンちゃん②

2014.3.3のドリルとチャンちゃん①

以前は体重も見た目も1.5倍くらい違うふたニャンでしたが、
ドリルがだいぶ小さくなってしまったので並んでいると
なんとなくちょっぴり寂しく思ったり。。。
けど、元気だしおいしくご飯やおやつを食べて気持ちよさそうに
寝られるだけで、これ以上の幸せはないです^^






2014.3.3のドリル

昨年3/2、通院しバイオプシーをしたときはほぼ骨肉腫だろうと
診断され、日に日に腫れあがる右頬を見ては悲観的になり、
もうドリルと一緒にいられる時間も残りわずかなんだ・・・と
思ったのが1年前だなんて、あっという間ですね。
波動測定の結果を信じて投薬、治療をもし取り入れていなかったら
どうなっていたんだろう、と思うことがあります。
昨年の今頃は、4月の誕生日を一緒に迎えらられても最後なんだと
思っていました。
今の目標は、今年の誕生日をみんなで迎えることです^^(4/3)

多くは望みません。
ドリルをはじめ、みんニャの生きている時間が穏やかに少しでも
幸せUPできるようサポートできれば、ワタシは幸せです^^